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第6話 体のサインから見る病気の姿

 バブル真っ盛りのころ、診察室に入るやいなや「神棚はないのですね」という患者さんがいた。東洋医学の診察は神秘的で独特なものと思っていたようだ。だが基本的には西洋医学と同様。患者さんの訴えを聞き、全体の様子や皮膚、舌を観察し、脈やおなかを触る。古い医学のため、レントゲンや血液など近代的検査はせず、その代わり診察は詳細にする。この診察結果を判断材料とし、東洋医学の考え方を用いて病気の姿を明らかにしていく。  病気の姿を、東洋医学では「証」といい、これをもとに漢方薬を決める。証を決めるには、訴えや体のサインがとても重要で、じっくり診察することが手掛かりとなるわけだ。  証は、「はっきりしたもの」という意味。西洋医学との違いは、証が変化する点だ。証の手がかりとなる訴えや体のサインは風邪の経過のように変わるものであり、結果として証も変化していく。つまり証とは、診察した時点の病気の姿と言える。  証の構成も、西洋医学と基本的には同じだ。何が原因で、どこの場所が、どのような状態(病態)にあり、進行具合(病期)はどうか、などを明らかにしていくからだ。結局西洋医学と異なるのは、 病気に対する見方と考え方である。  深夜午前1時頃に蕁麻疹が出るという50歳代男性の例。胃弱体質で消化機能が低下したところに、毎晩の接待で美食が過ぎ、消化が追いつかず、夜中に胃もたれや蕁麻疹が現れるケースであった。この場合の証は、原因は美食過多、場所は胃、病態は消化不良、病気は慢性となる。  この患者さんは平胃散で病状が軽快した。平胃散は胃もたれ、胃の膨満感、食後の下痢などの消化不良治療の代表的な健胃剤である。「平」は穏やか、鎮まるなどの意味で、消化不良のために荒れてしまった胃の働きを穏やかにする粉末の薬(散)からの命名である。  そういえば「接待蕁麻疹」はバブル期に多い症例だった。胃もまた消化不良の騒乱状態だったわけだ。患者さんにとっては宴会も傷食気味の日々だったかもしれない。ちなみに「食傷」は本来は消化不良を意味する東洋医学の病名である。 〜2013年9月5日 毎日新聞より転載〜

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