

第5話 暑さで体を壊さないように
「夏月もっとも保養すべし」。貝原益軒は『養生訓』の中で、こう注意をうながしている。夏には、暑さ、湿気、胃腸の病気が特に多いからだ。 夏の語源は「アツ」だという。夏の病気の代表といえば熱中症。これは西洋医学の病名で、東洋医学では中暑と呼ぶ。暑さに中(あた)る病気、というわけだ。治療には白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)がよく使われる。白虎とは秋をもたらす神の名。この薬には、石こうが使われる。石こうはギプスなどでおなじみの鉱物だが、薬としては熱を冷ます働きがある。つまり白虎加人参湯は、暑さでほてった体を秋のようにさわやかにしてくれる。ほてり、発汗、口の渇き、頭痛といった熱中症特有の症状が出た時のみならず、水に溶かして少しずつ飲むと、熱中症予防にもなる。 夏に多い食中毒や食あたりは下痢がつきものだ。下痢は、外の湿気、つまり水分が多くなった病気と考えられている。治療には、五苓散(ごれいさん)がよく使われる。茯苓と猪苓など五つの生薬の総称で、これらが体の湿気を吸収し、下痢を止める。江戸時代の旅にもよく携行された。 暑さが続けば、夏バテ、夏ヤセにつながる
第4話 万引きの薬にも使われた半夏
早いもので、一年も半分が過ぎた。 時の流れを視覚で感じさせてくれる植物にドクダミ科の半化粧(ハンゲショウ)がある。 まさに今ごろ(7月上旬)、上部の三枚の葉が白粉をぬったように半分程度白くなる様子からの名称であり、三白草(ミツジログサ)、オシロイカケ、片白草(カタシロクサ)などとも呼ばれる。白くなるのは、虫を呼び込むためという。 ところで、7月2日~6日は、七十二候「半夏生(はんげしょう)」。 この名称の由来となった半夏は、カラスビシャクという草で、立夏と立秋の真ん中、つまり夏が半分過ぎたころに最も成長する。 冒頭の半化粧とは異なる植物であるが、白く装う時期が半夏生と重なることから、半化粧は「半夏生」とも書かれる。偶然の妙である。 半夏の球根は漢方薬となるが、江戸時代に万引きの治療として使用された話が伝わっている。息子の悪癖を治したい相談にきた商人に、漢方医が与えたのがこの半夏。そして万引きはピタリとやんだという。信じがたい話だが、からくりはこうだ。 半夏はを生のままで服用すると、のどがチクチクして名状しがたい嫌悪感を催す。中に含まれるシュウ酸化
第3話 漢方医学と東洋医学はどう違うの
東洋医学は5~6世紀ごろ、中国から渡来した。それ以前の医学がどんなものだったか定かではないが、民間薬や温泉療法などはそのなごりであろう。例えばハトムギはイボ取りの漢方薬(薏苡仁)だが、中国にはない日本独自の使い方だ。
「漢方医学」とも呼ばれるが、江戸時代中頃に広まった蘭方医学と区別するために生まれた名称である。漢は漢民族、蘭はオランダ。ただし蘭方医といっても基本は漢方医学で、主な蘭方医学は外科や種痘であった。世界初の麻酔手術をした華岡青洲が、麻酔薬に漢方薬を使ったことからもそのことがうかがえる。
しかし1883(明治16)年、医師の資格が 西洋医学を学んだ者のみに与えられることとなり、漢方医学は禁じられることはなかったが衰退に向かう。西洋文明に傾斜していった時代ではやむを得ない流れだった。このころから、西洋医学に対する概念として「東洋医学」という名称が登場した。ただしこれも日本独特の呼び方だ。
中国に留学した時、「東洋医学を学びに来た」と言ったら妙な顔をされた。「東洋」は中国語では日本を指す。「なぜ中国までわざわざ日本の医学を学びにき