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第1話 個人無視こそヤブ-ヤブ医者の語源-

 いきなり名医の漢方教室風 に始めるのも気が引けるので、ヤブ医者の話を。  この語源には諸説ある。一つは「野巫(やふ)」。野は民間、巫はみこの事で、理論ではなく祈祷で病気を治す医者という意味である。腕がないくせに「兵庫県養父(やぶ)市の名医から習った」と吹聴する医者という説もある。  ヤブには「以て非なるもの」「~のようなもの」との意味がある。例えば、ヤブジラミという草は、シラミのような実をつけるところから命名された。つまり医者とは言えない「医者もどき」、というわけだ。  古典落語に 「葛根湯(かっこんとう)医者」がある。「腹が痛い」という患者に「それは腹痛という病である。葛根湯を出そう」。「頭が痛いのです」という患者には「それは頭痛だ。葛根湯を出そう」。付き添いの人にまで「さてそちらの方は。付き添い? では葛根湯を飲みなさい」という具合。どんな病気でも葛根湯を出してしまうヤブ医者の話である。  ただしこの医者、あながちヤブとも言えない。葛根湯は漢方薬の一種で、非常に応用範囲が広い。中身は、桂枝湯(けいしとう) と麻黄湯(まおうとう) を合わせたものに近く、この二つの薬が効く症状をおおむねカバーできるのだ。「とりあえずビール!」ではないが、風邪 の引き始めには「とりあえず葛根湯」でよい根拠も、それなりにある。  とはいえ、東洋医学では、個人の症状に合わせて漢方薬を使い分けることが重要視される。同じ悪寒のある風邪でも、元気な人には麻黄湯、悪寒が弱くじっとりと汗が出る人には桂枝湯。葛根湯は、肩や首のこりを伴う場合にいい。朝起きたら首が回らない、寝違えたような状態は、風邪の引き始めのことも多く、この場合には葛根湯が効果を発揮する。「ゾクッと肩こり、葛根湯」というわけだ。  このように、東洋医学は、きちんとした理論や考え方に基づき、個々人の状態を把握し治療していく医学である。そうなると、症状の個性を考慮せず「風邪」と診断されれば同じ薬を機械的に処方する医者こそ、ヤブ医者と言うこともできる。  ヤブといえば、「神田やぶそば」が残念な事に火事で焼けてしまった。こちらの由来は、竹やぶが近くにあったからと伝えられるが、「ウチのは蕎麦でも蕎麦もどきだよ 」という江戸っ子らしい洒落気から来ているのでは、と想像したりしている。

〜平成25年4月11日毎日新聞掲載-「オットー博士のなるほど東洋医学」を修正加筆したものである〜

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