第17話 漢方薬名称の由来
漢方薬の名称は「人参湯」の「人参」など重要な生薬に基づく名称が多い。だが、これ以外の名称になると一見意味不明なものが多いようだ。まず「啓脾湯」から。「啓」という字は戸や口からできていて、「閉じた戸を手で開く」「口を開き述べる様子」を表している。日常よく使う「拝啓」は、「謹んで申し上げる」という意味だ。それが「開放する」「目を開かせて物事を理解させる(啓発)」などの意味となった。「脾」は西洋医学の脾臓ではなく、消化吸収を担う器官のこと。「啓脾」とは、消化吸収の働きを良好にするところからの命名である。つまり、「消化吸収不良でたまった不消化物を取り払い、消化力を目覚めさせる薬」という意味だ。下痢、食欲不振、もたれ、疲労、倦怠感など慢性の胃弱症状に使われる。
「温」という字がついた漢方薬がある。体を温める薬と思いがちだが少し違う。つくりの「日皿」は、皿に物を入れふたをする意味を持つ。その結果、「温」は水蒸気が中にこもる(温存)、温かい(温突)、おだやか(温和)という意味となり、次いで古いものや冷めた物を温め、よみがえらせるという意味となった。「温故知新」の「温」である。つまり乾物を湯に入れ温めて戻すように、弱まった働きをよみがえらせる薬、ということからの命名だ。
「温経湯」は、「経絡」のつまり血管の冷えた血を温め、その働きをよみがえらせるという薬からの命名である。体に滋養を与えるのが血の働きであり、体が冷えて空腹時に飲む温かいスープに例えられよう。冷え性、月経不順や月経痛などを訴える女性によく使われる。
「温清飲」は、四物湯と黄連解毒湯を合わせた漢方薬。前者で滋養分(血)を温め、後者で体の熱を冷ます(清)。滋養不足のため皮膚乾燥、めまい、動悸などがあり、同時にほてりがある人に使用される。
名称が難しくても、実は親しみのある漢字がほとんどだ。理解しにくいのは、限定した意味で解釈するからだろう。
過去のいろいろな経験が積み重なり、その人の現在がある。それを知ることが真の理解へとつながる。漢字もまた同様である。
三浦於莵
~2014年7月24日毎日新聞より転載~
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