第10話 「おとそ」は養生法の原則

「おとそ気分」とは、正月のうきうきした気分を表す常套句だ。おとそは正月に飲むお酒と思っている人も多いが、屠蘇散という漢方薬を大みそかに清酒に浸しておき、元旦の朝、雑煮を祝う前にその年の健康長寿、来福を祈って飲むのが伝統的な正月行事だ。

 おとそを飲むことで正月となり、数えで一つ年をとる。年少者は早く、年長者はゆっくりと年をとらせようとの配慮から、年少者から順に飲む。平安時代に中国から伝来した行事だが、現在の中国ではすれた。

 屠蘇散は、漢方薬の防風と桔梗、体を温め消化機能を高める白朮と山椒、体を温める肉桂、下剤の大黄などの漢方薬を粉末にしたもので、冬季の健康増進に適した薬といえる。

 名称の由来には諸説あるが、私は東洋医学の治療と養生法の原則を端的に表現した言葉と考えたい。東洋医学では、病気は有害物(邪)、あるいは生命力抵抗力の低下で発生する。とすれば、病気をもたらす有害物を屠り、つまり取り除き、生命力抵抗力を蘇らせることが治療の原則となる。

 貝原益軒の「養生訓」には、「元気を保つ道、二あり。まづ元気を害するものを去り、又元気を養ふべし」とある。健康を脅かすものを避け屠り、生命力を高め蘇らせる。これが養生法の原則というわけだ。

 ここで重要なことは、体を脅かすものは各地で異なる点。例えば冷え性に冷房は大敵だし、胃弱の人は食べ過ぎに注意が必要だ。胃腸が弱い、呼吸器が弱いなど弱い部分を人それぞれ。だから、不健康になるリスクや体の弱点を自分なりに見定め対策を練ることが、養生には大切となる。

 その意味でおとそは、単に初詣で健康長寿を祈るだけでなく、治療と養生法の原則を再確認し実行するための風習といえよう。

 江戸時代、たまった治療代を年の暮れに支払いにいくと、漢方医や薬屋が屠蘇散を手渡す習慣があった。私もこの例にならい、12月には患者さんに屠蘇散を渡す。お礼を言う患者さんの視線が、あんたも実行しているの?という問いかけのように感じられ、少したじろぎながら手渡している。


三浦於菟

~2013年12月26日毎日新聞より転載~






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